ゆっくりと、浸ってゆくような。
 ゆっくりと。
 あなたに、侵されていくような。
 その感覚が、
 おそろしくて
 きもちわるくて
 にくくて
 …イトオシクテ
 認めたくなくて。
 
 
 
 イッソ ボクモ ワタシモ
 アノ アマク タレル キャンデーニ ナッテ シマエバ
 
 
 
 そんなことを
 意味もなく、思った。
 
 
 


 
 
ミ ズイロ 透 明 キャン デー
 
 
 
 ふと気づくのは、いつも終わった後なのに。
 今日は、珍しい。

「どうかした?」

 その綺麗に、いやらしく聞こえる囁きに、下の方が反応して熱く轟く。その後に広がる、変に甘い感覚。



 きもちわるい。
 同時に、
 ミトメタクナイ。 



 下着を剥ぎ取られ、視線を直に感じる。
 …また、熱く轟く。

「今日は、濡れるのが早いね」

 不意に、耳もとで淡々と紡がれる、イヤラシイ言の葉。

「まだ、キスしかしてないのに」

 そっと触れてきた、下の方に感じる、異物。

「感じやすくなってるのかな?」

 そこから粘っこく、小さな音が流れてくる。

「今日は、いつもと違うから」

 いつもと、違う。
 いつもなら、たまたま会ったときに、普通の旅人用のホテルで。
 今日は、この国一番の夏祭が行われていて。
 一緒に、行動することになって。
 熱気と人酔いから逃れるために、人気のない少し山奥の寂れた小さい神殿に来て。
 神殿じゃなくて、神社というらしいけど。
 その軋む木の床の上で、いきなり押し倒されて。
 彼に無理矢理見立てられた浴衣という服が、少し乱れて。
 骨のような手首は、浴衣についていた細い方の帯できつく縛られている。
 唯一の明かりは、夜店で気まぐれに買った、一日限りの紙製ランプ。
 一日限りの。

「んぁッ」

 下で蠢く指の動きが、急に激しくなった。

「ん、ん、ぁッ、ぁ」

 そういえば、今日は確かにおかしい。
 こんないやらしい声が自然に出てくる。
 いつもなら嫌でたまらなくて、何がなんでも押さえるのに、押さえようという気にならない。なれない。



 これが、乱れてる、というコト?


 
「ぁんッ、ぁ、う」

 嫌だ。
 こんなの、嫌だ。



 達しそうになったとき、不意に異物感が消え。

「あ…」

 思わず、声が出て。
 同時に、自己嫌悪の念に捕らわれる。

「最後まで、欲しかった?」

 こちらの気持ちをわかりきったような、相手の声。嘲笑いに聞こえる。
 その指にまとわりつく、熱く透明な液体。
 それが、仄かな光にあてられて、きらきら光っていて。
 綺麗だな、と思った自分をまた嫌悪した。



 そんなとき。
 ふと、思い出した。






 それは、ひどく透明で。
 店の明かりで、きらきら煌めくガラス細工のような液体。
 店の人が、小さなコーンの上に小さな螺旋を描くように、それを乗せていく。
 その様は、雫の糸が細くゆっくりと垂れ落ちて、少しずつ形をかたどっていくような。



「水飴か」
「水飴?」
「ああ。米の糠でできた飴のことだよ。ねばねばしていて、その上かなり甘い。髪の毛についた日には、とんでもないことになる」
「……」
「しかし、ここのは芸が細かいな。普通ならもっと大ざっぱに乗せてしまうのだけれど」
「…詳しいんですね」
「まあね」






 妙に惹かれた、あの透明なキャンデー。
 確か、さっき



「んぐッ」

 急に、口の中に何かが奥深くまで侵入してきた。
 舌のような生暖かさがない、細くて無骨なもの。変な、嫌な味がする。

「舐めないと、辛いよ?」

 一瞬目を開けると、自分を見下ろしている男の顔が。
 それは、微笑んでるようにも、無表情のようにも見えて。

「んっ、ん、ん…」

 侵入者を押し出すように、懸命に舌を動かす。だが、ソイツは何かを塗りたくるように、舌をしつこく、且つ、繊細に捕らえてくる。

「く……はッ」

 ようやく、解放された。その途端に、上から少しだけ、とろり、と口内へ細い糸が垂れる。
 山の下で、賑やかに広がる熱気や感情を乗せた空気が、口から体内を駆け巡っていく。
 それですら、ひんやりと涼しく、心地よく感じた。



 そう感じたのは一瞬で。
 すぐにむせ始めた。



「可愛いね、本当に」

 クチビルをなぞる、ひどく濡れた指に、耳もとにかかる甘いコトのハ。
 一瞬、それに恍惚になりそうだった自分を、また嫌悪した。

「そうだ」

 男が、不意に言った。
 まるで、いいことを思いついたときの、子供のような声で。

「疲れたときには、甘いものが一番だよね」

 そう言って、近くに置いてあった小さなビニール袋を探り出す。

「あった!」

 宝物を見つけたような、無邪気な声。

「ほら」

 その手にあったのは、手の平くらいの大きさの円形の透明な容器。同じく、透明な蓋がついている。
 そして、中にはこれまた透明な…

「さっき、別の所で買っておいたんだ」

 ひどく、優しく微笑む。

「水飴」






「これ、ひとつください」
「あいよ! お嬢ちゃんは何色がいいかい? いろいろあるよ〜、たとえばこの赤いやつなんか」
「透明」
「へ?」
「透明なのがいいです」
「あ…あいよ!」



 なにものにも汚されていない、透明。
 …ボクは、こんな存在になりたかった。
 ボクとワタシを縛る人は、たった一人で十分すぎた。
 それ、なのに。






「…ん」

 閉じた唇をわずかにこじ開けて、またさっきのヤツがわずかに侵入してきた。
 一瞬だけ、否応なしに舌の先がソレに触れた。
 …さっきみたいな、嫌な味がするのかと思っていた。



 でもソレは。
 ひどく、あまくて
 ひたすらに、やさしい



 アタタカナ。
 ナツカシサ。






「美味しい?」

 目の前のやわらかな男の顔が言った。
 その声が、ひどく純粋にいとおしく感じる。自己嫌悪はしなかった。
 気がついたら、その指についていた飴をすべて舐めとっていた。

「もっと、欲しい?」

 やさしく浸透する、声。
 少女は実に素直に、こくん、とうなずいた。
 男は指をそっと抜くと、さっきよりも多く飴をとり、少女の口へと潜らせた。
 少女は惚けた表情で、それをやわらかな舌ですくいあげるように、丁寧に舐める。時折、ほんのわずかに歯を立てたりしながら。
 男は時折目を閉じ、優しく少女を見つめていた。
 不意に、少女の口から指が抜き取られ、そのかわりにやわらかな舌が入ってきた。
 やさしく、絡み合う。
 濡れた指は、透明な跡を残しながら細い首筋を伝って、鎖骨を通りすぎて、浴衣の懐に潜り込む。そして小さな膨らみの上を這い上がり、固くなった突起を探し当てると、そこに塗りたくるように、指を蠢かせた。

「ンっ」

 少女の身体が、びくんっ、と一瞬波打つ。
 唇を離すと、少女の濡れた唇と口端を舌で舐め取る。そして、愛撫していた手の動きを止め、その手と空いていた手で、少女の前をはだけさせた。
 露わになる、ひどく白い肌と膨らみ。片方の突起が濡れてほのかに光っている。
 脚と脚の間に目を落としてみれば、そこは透明な潤みで溢れていて。
 少女の表情は惚けたように、口がわずかに空いている。

「とても…本当に可愛いよ」

 男が少女の両脚をゆっくりと持ち上げた。

「×××××ちゃん」






 そういえば。






 何それ?

 水飴だよ。

 みずあめ?

 うん、前に寄った国で買ったやつなんだ。×××××ちゃんも食べ…

 どうしたの?

 あははは、さすがにもたなかったみたいだ。これはさすがに食べれないなあ…。

 うわあ、カビだらけじゃない! それに、こんなかちこちなの、どうやって食べるの?

 いや、本当はね、もっとねばねばしていてよく伸びるんだよ。色ももっと透明で、光に当てるときらきらするんだ。

 へえ〜っ、おいしいの?

 うん。髪についたら大変なことになるけどね。






「んっ、んんんっ、…ぁっ」

 口には、あの透明で甘い味。
 下半身には、熱く甘い痺れ。






 その人は
 懐かしそうに、こう言った。



 昔、弟とこっそりお祭りに行っては、よく買ったよ。

 こっそり? どうして?
 キノには弟がいるの?






「………ふぁッ、ア、ああぁああ」



 あの人はただ、笑うだけ。






「…今日は、そんなに善かった?」

 真っ白になった頭に、あの男の声。優しく髪を手で梳かれ、唇が触れてくる。

「今日は、いつもよりたくさん、大きく鳴いてくれてたから」

 何で、そんなにいやらしいコトのハを吐くのが好きなのだろう。
 何となく、思ってみる。
 いつもなら、憎くて、怖くて、気持ち悪くて……恥ずかしくて、仕方がないのに、今日は…本当に、どうしたのだろう。
 ひどく甘く、いとおしく感じる。
 しかも、そう思うことに対して、嫌悪感がかけらもない。
 …あの甘く、透明に垂れるキャンデーが、口内を満たしてから、特に急激に。



 媚薬とは違う。
 優しさと温かさを与えてくれる、魔法の薬。
 ひどく透明に、いとおしい。



 朝がくれば、魔法は解けて。
 ボクもワタシも、再び彼を憎しみ始めるのだろう。



 でも、今は。
 今だけは。
 ミトメルことが、できる気がする。






 シズさんを愛しています、って。






end.



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